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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)112号 判決

東京都町田市玉川学園2丁目18番8号

原告

永井達雄

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

深沢亘

指定代理人

能美知康

松浦弘三

加藤公清

有阪正昭

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が昭和60年審判第18690号事件について平成3年3月28日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「陶土(白土、陶石、高陵土)で造ったブロツク製品および製造法」とする発明(その後、「陶土と磁土で造ったブロツクの製品および製造法」と名称を補正)について、昭和56年4月17日特許出願をしたところ、昭和60年7月26日拒絶査定を受けたので、同年9月19日審判を請求した。特許庁は、この請求を昭和60年審判第18690号事件として審理した結果、平成3年3月28日、上記請求は成り立たない、とする審決をした。

2  本願発明の要旨

「陶土と磁土をこね、一定の型にいれてブロツク製品の形に成形し、乾燥後にベルトコンベアを有する電気窯で600~800℃で焼成して素焼のブロツクとなし、この素焼のブロツクに色々な色彩の釉薬をかけて再度ベルトコンベアを有する電気窯で陶土は1200℃前後、磁土は1100~1450℃で焼成してなる陶土と磁土からなる土木建築用ブロツク製品の製造法」(別紙図面参照)。

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨

前項記載のとおりである。なお、本願発明の要旨中の「陶土と磁土」とは、いずれも「陶土又は磁土」の趣旨であり、また、上記「土木建築用ブロツク製品」には、周知の主に塀に使用されるセメント製のブロツク製品と同様の形状のものを含む。

(2)  引用例(昭和38年7月20日日刊工業新聞社発行、檜山真平外1名著「陶器・磁器」)

上記引用例には、陶土、磁土等より造った原料を鋳込法(型に入れて成形する方法)により成形し、乾燥後に700~900℃で焼成して素焼体にし、この素焼体に釉薬をかけて再度1200~1500℃で本焼成してなる陶器及び磁器の製造法(3~4頁)及び上記製造に当たり電気窯を用い得ること(267~269頁)がそれぞれ記載されている。

そして、釉薬には色々な色彩のものが存在するから、引用例記載のものにおいても色々な色彩の陶器や磁器が得られることは明らかである。

(3)  本願発明を引用例の製造法と対比すると、両者は共に陶土、磁土等の原料を一定の型に入れて成形し、乾燥後に電気窯で焼成して素焼体となし、この素焼体に色々な色彩の軸薬をかけて再度電気窯で焼成してなる陶器、磁器製品の製造法である点で同一であり、2回の焼成温度の範囲についても重複・一致している。

そして、目的物である製品につき、本願発明では「土木建築用ブロツク製品」と限定しているのに対し、引用例にはそのような限定が付されていない点(相違点〈1〉)、及び電気窯にっき、本願発明では「ベルトコンベア」を有するものとしているのに対し、引用例では「ベルトコンベア」の有無が記載されていない点(相違点〈2〉)において、それぞれ相違している。

(4)  相違点に対する判断

相違点〈1〉については、陶器及び磁器として、食器、鍋類、植木鉢等のみならず、煉瓦、タイル等の土木建築用製品も周知であり、また、ブロツク製品は煉瓦等と同様土木建築用製品であることも周知であるから、目的物である製品をブロツク製品とすることは、当業者であれば、容易に考えることができる。

相違点〈2〉については、セラミツク製品を大量に生産する場合には、内部にベルトコンベアや台車を有する窯が本願出願前に広く用いられていたから、ブロツク製品を均質かつ大量に製造する等の目的で、電気窯につきベルトコンベアを有するものとなすことは、当業者が適宜なし得ることである。

(5)  したがって、本願発明は引用例の記載に基づき当業者が容易に発明することができたものと認められるから、特許法29条2項により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決の理由の要点(1)は認める。同(2)のうち、釉薬に色々な色彩のものが存在することは認あるが、引用例の記載内容については争う。引用例には、一般的な陶磁器の製法についての記載があるだけで、陶土、磁土で造ったブロツク製品につい下の記載はない。同(3)のうち、本願発明の製造法が審決記載のとおりであることは認めるが、その余は争う。同(4)、(5)は争う。

審決は、引用例の記載内容の把握を誤った結果、本願発明との対比を誤り、ひいては本願発明の進歩性についての判断を誤ったものであるから、違法であり、取消しを免れない。

審決は、引用例には、陶土と磁土で造ったブロツク製品に関する記載があるとするが、誤りである。引用例にあるのは、一般的な陶磁器の製法に関する説明があるだけで、本願発明を示唆する記載はなく、全くの事実無根であるのにこれを誤り、かかる引用例に記載された技術内容の誤った理解に基づいて、審決は、本願発明と対比したものであるから、引用例と本願発明との一致点及び相違点並びに相違点に対する判断も誤っている。

そして、審決は、以上の誤った認定判断に基づき、本願発明は当業者ならば発明できたものであるとして、その進歩性を否定したものであり、これによれば、本願発明に関する特許権は当然にタイル製造業者、煉瓦製造業者に与えられるべきものであるとするが、かかる考え方は、特許法が規定する先願主義の原則に反するのみならず、特許法の精神に反するものであって、違法である。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因に対する認否

請求の原因1ないし3は認めるが、同4は争う。

2  反論

(1)  引用例に記載された技術内容についてみると、引用例の4頁には図3・2として「陶器製作工程(その2)」と題する図面が記載されている。また、その3頁2行~4頁2行には、「陶器の製法は図表に示したとおりであるが決して陶器特有の製造法ではなく磁器、炻器等いわゆる土器以外の焼物について一般に行われている製造工程で製造されている。」と記載ざれているから、磁器の製造方法も前記図面に記載されている陶器の製造方法と類似の製造方法であることが示唆されていることは明確である。そして、前記図面には、陶器坏土すなわち陶器原料(陶土)から陶器を製造するに際し、次の工程を順次行うことが記載されている。

A・・・・「成形(その形状がブロツクである場合を含む)」を「鋳込法」等で行うこと

B・・・・「乾燥」を行うこと

C・・・・「第1焼成」工程として「素焼(700~900℃)」を行うこと

D・・・・「施釉」を行うこと

E・・・・「第2焼成」工程として「本焼(1200~1300℃又は1300~1500℃)」を行うこと

また、267頁下から4~3行の「8・3・6熱源による区別」の項には「電気窯」が、269頁1~9行の「8・5電熱」の項に電熱の具体例がそれぞれ記載されている。

したがって、審決の引用例の技術内容の認定に誤りはない。

(2)  セラミツク製品を大量に生産する場合に、内部にベルトコンベアを有する窯が本願出願前に広く用いられていたことは、昭和18年1月15日修教社書院発行、可児隆夫著「重工業用爐」(260~267頁、乙第26号証)、昭和39年4月1日技報社発行、社団法人窯業協会編「窯業ハンドブック」(816右欄下から10行~817頁7行、乙第27号証)、特公昭44-26932号公報(1頁1欄21行、2欄31行~34行、乙第28号証)及び昭和54年7月26日特許庁発行の実願昭53-1202号出願の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(3頁6、7行、1頁15~17行、乙第29号証)等の記載から明らかである。

以上のように、窯業製品を製造する際に、ベルトコンベアを使用することも広く知られていたところであり、窯業製品を均質、かつ、大量に製造する場合に、電気窯としてベルトコンベアを有するものとなすことは、当業者が適宜なし得るものである。

(3)  以上のとおりであるから、本願発明は引用例の記載に基づき当業者が容易に発明することができたものと認められるとした審決の認定判断に誤りはない。

第4  証拠

証拠関係は、書証目録記載のどおりであるからこれを引用する。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

2  本願発明の概要

いずれも成立に争いのない乙第1号証(願書添付の明細書)及び同第19号証(平成2年7月20日付け手続補正書)によれば、以下の事実が認められる。すなわち、

本願発明は、材料に陶土又は磁土を使用し、これをこねあげて造ったブロツクの型を陰干しにして固くした後、製品の均質化と大量生産を可能にする観点から、これをベルトコンベアに載せ、一定温度に加熱した電気窯に入れて固く焼き上げて素焼のブロツク製品とし、次いで、これに色々の色彩の釉薬をかけた後、再度ベルトコンベアに載せ電気窯に入れて高温(陶土の場合1200℃前後、磁土の場合1100~1450℃)で加熱、焼成して各種色彩のブロツク製品とする方法の発明であることが認められ、前掲乙号各証には、本願発明により色々の色彩のブロツクが得られるものであって、従来からある砂に水を加え、天日で仕上げて造るセメント製の建築用ブロツク製品等に比し、色々の色彩のブロツクが得られることから、土木、建築資材として優れた美的効果を発揮する点に特徴を有するものであるとの記載が認められる。

3  審決の取消事由について

原告は、引用例には、陶土又は磁土で造ったブロツク製品に関する記載はないのに、審決は引用例にかかる記載があるとし、この点において、本願発明と引用例とは一致するとしたのは誤りであるなどと主張するので、以下、この点について判断する。

まず、引用例に陶土又は磁土で造ったブロツク製品に関する記載はないのに審決はかかる記載があるとしている旨の原告の主張についてみるに、前記当事者間に争いのない審決の理由の要点から明らかなように、審決は、本願発明に係る製品が陶土又は磁土で造った土木建築用ブロツク製品である点を引用例との相違点〈1〉として取り上げ、すなわち、引用例にこの点についての開示がないことを前提とした上で、この相違点について検討しているところであるから、原告のこの点に関する主張は審決を正解しない主張であって、失当といわざるを得ない。なお、上記相違点についての審決の判断の適否については後述するとおりである。

そこで進んで、本願発明と引用例との一致点に関する認定判断の適否について検討するに、成立に争いのない乙第24号証(昭和35年12月25日日刊工業新聞社発行、檜山真平外1名著「陶器・磁器」、なお、同第25号証は、前記乙号証の4頁を基に被告が作成した説明図である。)には、陶器の製法が図示(3頁図3・1及び4頁図3・2)されているとともに、かかる製法は磁器においても一般に採用されているとの記載が認められるところ、この図示されたところによると、成形には、押圧法、細工法及び鋳込法があり、かかる方法で成形した後、これを気乾法、換気法、加熱法等の様々な方法のいずれかで乾燥し、次いでこれを第一焼成として700~900℃で素焼とし、続いて施釉工程を経て、第二焼成として1200~1300℃あるいは1300~1500℃で本焼して、仕上げる方法が示されており、また、熱源による窯の種類として電気窯が示され、そこで用いられる抵抗発熱体としては、炉の使用温度が900℃程度の素焼等の場合はニクロム線が、常用1250℃までの場合は鉄・クロム・アルミニウム・コバルトの合金が、1400℃常用の場合にはエレマが、1450℃常用の場合にはシリコット、テラコンダム等が、1500~1600℃になると白金が、それぞれ使用されるとの記載(268、269頁)が認められ他にこれを左右する証拠はない。

そこで、これらの記載を本願発明に係る方法と対比してみると、本願発明は、成形後、乾燥させて製造した物を600~800℃で素焼した後、各種の釉薬を使用して施釉を行い(各種の釉薬があることは当事者間に争いがない。)、さらに電気窯を使用して、陶土の場合1200℃前後、磁土の場合1100~1450℃で本焼するというものであるから、本願発明の成形方法、素焼体及び施釉工程並びに電気窯を使用した本焼工程のいずれも引用例に示された前記の陶器、磁器の製造方法の中に開示されていることは明らかである。

したがって、審決が、「両者は共に、陶土、磁土等の原料を一定の型に入れて成形し、乾燥後に電気窯で焼成して素焼体となし、この素焼体に色々な色彩の釉薬をかけて再度電気窯で焼成してなる陶器、磁器製品の製造法である点で同一であり、2回の焼成温度の範囲についても重複・一致している」とした判断は正当であって、これに誤りがあるといえないことは明らかである。

次に、相違点の判断についてみると、まず、本願発明が製品を「土木建築用ブロツク製品」と限定している点(相違点〈1〉)についてみるに、成立に争いのない乙第31号証(1960年12月30日共立出版株式会社発行、化学大辞典編集委員会編集「化学大辞典」4)及び同第32号証(前掲「化学大辞典」6)によれば、「磁器は透光性で美しいキ地であることが特色で、これに美しい彩飾がされており、食器、装飾品、建築材料などに使用される。」(前掲第31号証158頁)とあり、また、陶器については、「磁器に比ベキ地の焼締りが十分でないので透光性がない。しかし表面の美しさはウワグスリの効果により磁器と変わらない。」とあり、その用途として「衛生陶器、タイル、・・・その他厚手のものに適する。」との記載(前掲第32号証327頁」が認められる。

これらの記載に照らすと、磁器及び陶器を建築材料に使用することは、本願出願前、当業者において周知のところであったというべきであり、これらのブロツク製品が建築材料として極めてありふれた材料であることが周知であることも当裁判所に明らかなところであるから、本願発明のようにその製品を「土木建築用ブロツク製品」と限定したことに格別の発明力を要したものとは認め難い。

さらに、本願発明において、電気窯において、ベルトコンベアを用いた点(相違点〈2〉)についてみると、成立に争いのない乙第26号証(昭和18年1月15日有限会社修教社書院発行、可児隆夫著「重工業用爐」260~267頁)、同第27号証(昭和27年7月30日株式会社技報堂発行、窯業協会編集「窯業工学ハンドブック」816、817頁)、同第28号証(特公昭44-26932号公報)、同第29号証の1(実願昭53-1202号出願の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム)並びに同第29号証の2(実開昭54-106251号公報)によれば、製品の均質化及び大量生産の観点から、ベルトコンベアを使用して加熱物を連続的に炉内に搬入することは、既に古くから採用されていた方法であり、これが本願出願前に周知の方法であることは、明らかである。

そうすると、この点について審決が、「ブロツク製品を均質かつ大量に製造する等の目的で、電気窯につきベルトコンベアを有するものとなすことは、当業者が適宜なし得ることである」とした認定判断は正当であって、これに誤りがあるといえないことは明らかである。

原告は、審決の判断からすると、本願発明に関する特許権は当然にタイル製造業者、煉瓦製造業者に与えられることになるとした上で、かかる考え方は、特許法が規定する先願主義の原則に反するのみならず、特許法の精神に反するものであって違法であると主張するので、この点について検討するに、審決は、本願発明は、本願発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者、すなわち、当業者において、引用例及び本願出願前における前記の周知技術に基づいて容易に発明することができたものであるから本願発明は特許法29条2項に該当し、特許を受けることができないとしたものであり、原告主張に係るタイル製造業者、煉瓦製造業者等に本願発明に係る特許権が付与されるか否かについては何ら判断していないことは前記当事者間に争いのない審決の理由の要点の記載に照らして明らかである。したがって、原告のこの点に関する主張はその前提を欠くものであって、主張自体失当といわざるを得ない。

以上の次第であるから、原告の取消事由はいずれも採用し難く、審決に原告主張の違法はない。

4  よって、本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 田中信義 裁判官 杉本正樹)

別紙図面

〈省略〉

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